瓊花の如くに…
 


初夏のこの時期といや、
見回せる緑も春の花から夏の花へと切り替わる時期でもあり。
バラや百合といった判りやすくも豪奢な花以外でも、
桜やモクレン、つつじから、
卯の花やヤマボウシ、ニセアカシアなど、
爽やかな新緑に映える白い花が目に付いていたものへと移り変わり。
梅雨を前にした今は今で、
南国産だろう夾竹桃に赤い花が咲いたり、
枇杷の樹には橙色の実がついて そちらもなかなかに目を引くようになる頃合い。

 「おお、これは見事な。」

何という目的もない、強いて言えば共に居ることを堪能したくての街歩きの中で、
ふと目についたものがあったか、
二人連れのうち長身の方がお顔をそちらへ向けてひたりと立ち止まる。
どこぞかの衛士が抱える長槍のような、素っ気なくも冷たいばかりな鋼の鉄柵が取り囲むのは、
ホテルかレストランか、瀟洒な白亜の建物を取り巻く広大な庭。
今の時期だからか それともそれがそもそもの売りか、
庭中にあふれんばかりに広がっているのは、
柔らかな葉もたわわな瑞々しい茂みを彩る 緋色や淡紫の手毬のような花の群れだ。
随分と思い切りのいい花園の出現へ、そちらもまた意表を突かれたか、
ついのこととて連れの青年の口を衝いて出ていたのがその総称で。

 「紫陽花…。」
 「うん。こんなところにこうまで一杯あろうとは思わなかったなぁ。」

自分がその態度で見るよう促したようなものだのに、
思わぬ光景へ見惚れている連れの 素直な感性へ可愛らしいと思うたか、
背の高い兄様は ふふと柔らかく口許をほころばせて笑いつつ、

 「そうそう、此処って元はどこかの国の外交官舎だったよね。」

当時はバラとか君子蘭とか派手なのが咲いていたけれど、
オーナーが変わって、庭にも趣向に合わせての手が入ったのだろうねと。
さすがは物知りの太宰が思い出したらしいことをつらつらと口にする。
外交官とは御大層だが、色々と治外法権となろう特権も持つ身の上、
その肩書を悪用して裏社会で暗躍していた者でもいたのなら、
元マフィアの彼もそういった筋で顔を知る相手があり、此処を舞台に何やらあったのかも知れぬ。
そんなこんなを思いつつ、ちらと見やった若師匠の横顔は、
判りやすいまでの楽しそうな喜色を孕んでおり。

 「…。」

袖をまくった腕や首元に巻かれた包帯の白が痛々しくもあるけれど、
そんなものは単なるおまけ。
今が盛りの瑞々しい花の群れと並んでも見劣りなぞしなかろう
それは美麗な面差しと、高身長のみならず すらりとした肢体をした美丈夫な君は、
平日の街角、観光のランドマークからも外れた場所であれ、
人目を引くに十分な蠱惑をたたえておいで。
単なる見目麗しい風貌なだけじゃあなく、
紗のような淡い翳りとなってその雰囲気へとかかる、淑と嫋やかな印象をもたたえており。
通りすがりの観光客だろう女性の二人連れなどが はっとして視線を寄越し、
通り過ぎてからもこちらへと意識を向けたままなのがありあり届く。
そんな美形が、だが、かつては血みどろな修羅場に立って、
数多の敵を狡猾な罠にかけ、
昏い笑みもて薙ぎ倒していた冷酷な少年だっただなんて一体誰が信じようか。
空恐ろしいまでの知慧と年齢不相応な狡猾さと、
実はただならないキャリア持ち、それにて積み重ねた機転を駆使し、
新進気鋭の敵対組織から マフィアを顎で使おうとした無知蒙昧な金満家まで、
人海戦術で来られようが、古だぬきが編んだ人脈がらみの戦略で掛かって来られようが、
涼しいお顔で蹴手繰って来た 伝説の魔性の君でもあるものの。
今はそんな素性もすっかりと脱ぎ去り、
陽のあたるところで 正義の志の下に身を置き、善人を救う手助けにと働いておいで。
そんな御師様の横顔に、どこか雰囲気が似た瓊花を同じようにぼんやりと見やる。
華美な形状の花になるよう改良をされたものもあると訊くが、
そこに咲いているものはオーソドックスな種ばかりか。
色こそとりどりだし数もあって圧倒されるものの、佇まいはどちらかといや慎ましく。
白を基調とした砂糖でくるんだそれ、
カラフルな豆菓子があったよなぁとふと思い出したような傾向の大人しさ。

 「……。」

雨の中にあでやかに開く手毬のような紫陽花は、
梅雨といえばの付きものとされてもいることくらい、
日頃あまり情緒とは縁のない仕事についている芥川でも知っており。
本来は日本原産の花だが、
西洋で品種改良されたものや、後からアメリカで見つかった種などなど、
そりゃあ華やかなのが続々とお目見えしてもいる。
梅や桜がそうであるよに、八重のものとか小さめの手毬のようなもの、
バラかと見まごうようなフリンジの利いた花びらが何とも華やかなものもあり、
近年は白い「てまりてまり」という八重のが人気だったとも聞く。

 「……。」
 「きっと中也辺りが詳しいのだろうね。」

ぼんやりしつつも微妙に視線が冴えたのを拾われたようで、
そのようなささやかなところから、
脳裏でくるりと知ってることをなぞった芥川だと見抜いたらしい。
そういう、任務でも日常でも要るとは思えぬ
情緒的な知識を教えたのが誰なのかまで即妙に言い当てられ、

 「あ…。」
 「気にしなさんな。」

途端にどこか視線が下がった連れへ。
小粋なジャケットをまとう薄い肩に腕を回し、
手慣れた呼吸で我が身の側へと引き寄せつつ、
声を低めて付け足したのが、

 「花言葉とかは知らないんだよね、あいつ。」

無粋なとまでは言わないけれど、実用に向かないことばっか詳しいんだよね。
きっと紅葉さんから聞いた受け売りなんだよ。でも、

 「そういう何でもないことほど、抵抗なく聞けたでしょ?」
 「……。」

この黒の青年がまだ少年だったころ、
殺伐非道な組織へ手土産つきで迎え入れといて
非情にも捨ててった師匠の代わりに何くれとなく世話を焼いてくれた兄人であり。
育成だのケアだのという方面のノウハウを得ているわけじゃあない身で、
それでも プレッシャーという針になろう溜息一つつかぬ気遣いを完璧に敷いての
手厚く見守っていた存在だというのも恐らく太宰は知っており。
小憎らしい対象だとしつつも、低められた声には棘もなく、
おずおずと見上げてくる青年へ、目許たわませ笑ってみせる。
口許が少々わざとらしい弧になったが、
そのまま猫っ毛の載る頭へ顔を寄せ、む〜〜っと頬擦りを仕掛けてやり、
不意なスキンシップへあわあわと慌てる可愛らしさへこそくつくつと笑った太宰であり。
場合によっちゃあ笑顔が笑顔でないこともしっかり存じているらしいこの子には、
今は違うよという上書きもなかなか大変ではあるが、

 “……ああ それでも、”

こんなおふざけに紛れさせ、ウリウリと触れることが出来るのは
自分にとっても至福であると、果たして伝えたほうがいいのかな?
いつ何時 過去からの報復が飛んで来るやもしれぬ身なので、
気づかせない方がいいのかも知れぬと、
頭のどこかで冷静冷徹な自分が浮かれた気分へ釘を刺す。
そのっくらい何とでも出来る子だと判っちゃあいるけれど、
それこそ 自分が師の枷にならぬかなんて方向で選択肢を狭めるのはよろしくないしねと。
真剣本気に思うわけではないながら、
それでも最近、たまに躊躇する案件ではあるところ、飲み込みかねていたなれば。

 「…太宰さん。」
 「んん?」

当の青年が射干玉のような双眸を此方へと向けてくる。
何だい?との相槌を返すと、

 __ この頃、戸惑っておられる気がするのは
    僭越な心持ちが嗅いだ “気のせい”でしょうか。

そんな小癪なことを訊いてくる。
ややや、ちょっとは成長したか、いやいやこれは後退かもと、
訝しげな貌をした上での無言のまま 先を促せば、

 「諦めたような顔をなさって突き放されることには慣れていますが、
  引き寄せてから其処からどうしたらいいのかと戸惑っておられることがたまに。」

 「…さすがだね。よく見ている。」

いえあの、
やつがれごときの拙い思考では
到底垣間見ることさえできない深慮をなさっておいでかと思われますが、
それでもそれが僕への対処であるのなら、どうか容赦のない処遇を選んでほしいと。
そうと言い尽くすのへかぶさったのが、

 「慣れているから?」

困らせるくらいならとか負担や重荷にはなりたくないからと、一歩引くのは常のこと。
短かな一言で、そうと言いたいの?と言外に訊かれていることも把握したものの、

 「…。」

先回りしたなんて不遜かもと、是とも否とも言えずに口を噤んだ芥川だったのへ、

 「それは嫌だな。」

やはり低められた声がぽつりとつぶやく。
何かしらの意を含んでいるとしたら、それは素直な失意をのみ滲ませているそれで。
ああやはり僭越だったか、見ぬふりして置いてこうと思ってらしたのへ余計な取り縋りになったかなと、
諦めていたはずがそれでも心に寒さを感じておれば、

 「逢えないでいた間、それをどれほど口惜しく思ったか。」

自業自得さ、判ってる。でもねと、
どこか愚痴のような淡々とした口調で連ねられたのは、

 いつも傍にいたあのチビに、
 感謝すべきな身でありながら、けれどほぼ同時に殺意さえ感じた、
 理不尽な独裁者だよどうせね…なんて

もしかして本音の吐露なのか、
それにしちゃあ芝居がかったもの言いに聞こえる羅列を
つらつらなめらかに吐き出してから。

 「共に居たかった、そんな4年を取り戻したい私の想いを優先して何が悪い。」

ふんすと鼻息荒く言い切って、そのまま文句ある?と胸を張る。
我儘な子供みたいな言い回しが、
呆気に取られていた芥川の何かをつついたらしく。

 「……紫陽花のような方だ。」

唐突な例え過ぎたか、さすがに知恵者な師匠でも把握出来なんだようで。
形の良い眉を寄せられたのへ、こちらも頑張ってやんわりと笑う。

 和花でありながら、実は結構したたかな花なのだ紫陽花は。

可憐な紫陽花はだが、その図太さも知られており、
線路のノリ面などによく植えられるのは、
花の時期の後は冬枯れして見えても根はしぶとく居残っており、
次の初夏にはあっという間に緑の茎が延びての繁茂している逞しさ。
しかも葉には毒があり、虫も寄らぬし悪食なヤギも避けて食べないとか。
可憐な身だが、それなりの防御の策も持っており、
色恋に関して初心な物言いなさるだなんてと、虚を突かれてしまったそのまま、
ついつい口を衝いて出ていた一言で。

 「…それって褒めてくれているの?」
 「はい。」

即座に頷く青年へ、
その率直さが怪しいもんだと思いながらも、まあいっかと苦笑を返す。
大きな作りの手のひらを再び青年の頭に乗っけ、ポムポムと軽く叩きつつ、
さあ今日はどこへ行こうか、
実は八景島シーパラダイスとかちゃんと行ったことないんだよね、
イルカショーとか観たことあるかい?などなどと、
どこまで本気か、やはりさらさらと淀みなく話してくださる愛しいお人に
いつの間にやら手を引かれ。
じゃあその館内ででも告げようかと、
今日のお祝いの一言を口にするタイミング、計っておいでの禍狗さんだったそうな。



  
Happy Birthday! To Osamu Dazai!





     〜 Fine 〜    19.06.19.


 *ちなみに同じ時期に咲く低木種に「オオデマリ」というのもあって、
  紫陽花に似てますが、こっちはスイカズラの一種で別物です。
  コデマリというのもあってこれもまた全然別種だそうで、
  呼び名は印象でついた名前なので勘違いされるけど、
  学名とか目属は別種なんだよとのこと。
  紫陽花って奥が深い。(勝手に深めないように…)

 *何かグダグダした語りになっちゃってすいません。
  思わぬ地震を呼んだ包帯策士様のせいだとするのは不謹慎でしょうか。
  何でこのところ書き物へのテンションが保てないのかといえば、
  週末はアニメで頭がいっぱいになるからです。作画きれい……vv
  中也さん出番終わっちゃいましたね。
  あと2話ということは、
  乱歩さんの「彼はまだ本の中だよ」という格好でのチラ見せもないかも…。
  でも、だとして
  太宰さんへ敦くんが「芥川と約束した」と話すシーンはどうすんだろうか。
  続きがないならそこもカットかな?
  4期あるよという前提でないなら切っても構わない設定かもですしね。
  う〜ん…。
  このくらい何だかんだ思ってしまうので、
  おばさんの集中なんて あっさりぶっ飛んでしまうというもので、とほほん。